
はじめに
国内MBA、特に社会人が働きながら通う夜間の経営管理系プログラムへの出願を考え始めると、多くの人が一度は悩むことがあります。
「研究テーマは何にすればいいのか?」
「研究計画書には、どこまで具体的に書けばいいのか?」
「そもそも、自分がやりたいことは研究テーマになるのか?」
私自身、国内MBAへの出願を考える中で、この問題について考えるようになりました。
そして、調べたり考えたりするうちに、一つ重要なことに気づきました。
研究テーマは、最初から「テーマ」として考えない方がいい。
むしろ、
実務上の問題意識
↓
「なぜ?」という疑問
↓
学術的な問題
↓
リサーチクエスチョン
↓
研究題目
という順番で考えた方が、はるかに自然です。
この記事では、早稲田や一橋など、社会人向けの国内MBA、特に夜間の経営管理系プログラムへの出願を想定しながら、研究テーマとResearch Question(RQ)をどのように作っていけばよいのかを整理します。
1.最初に「研究テーマ」を決めてはいけない
MBA受験を考え始めると、まず、
- 「DXについて研究しよう」
- 「人的資本経営について研究しよう」
- 「キャリアについて研究しよう」
と考えがちです。
しかし、これは研究テーマを決めるうえでは、必ずしも良いスタートではありません。
なぜなら、これらはあまりにも広いからです。
例えば、
「日本企業のDXについて研究する」
だけでは、
「何を明らかにする研究なのですか?」
と聞かれたときに答えられません。
DXという言葉の中には、ITシステム、組織変革、人材、経営戦略、企業文化、意思決定、ビジネスモデルなど、非常に多くの論点が含まれています。
同じことは「キャリア」や「リスキリング」「人的資本経営」にも言えます。
したがって、最初に考えるべきなのは、
「何について研究するか」ではなく、「自分は何を不思議に思っているのか」
なのです。
2.社会人MBAだからこそ「実務上の違和感」から始める
社会人がMBAで研究テーマを考える場合、大きな武器があります。
それは、実務経験です。
大学生が研究テーマを考える場合、興味のある社会問題や学術的関心から出発することも多いでしょう。
一方、社会人には、
- 「仕事をしていて、どうしても納得できないこと」
- 「現場で何度も繰り返されている問題」
- 「理屈ではこうなるはずなのに、実際にはそうならないこと」
があります。
ここに研究テーマの種があります。
例えば、
- なぜDXプロジェクトは導入して終わってしまうのか
- なぜ企業はリスキリングを実施しても事業変革につながらないのか
- なぜ新規事業はなかなか生まれないのか
- なぜ大企業では意思決定に時間がかかるのか
- なぜ優秀な人材ほど組織から離れてしまうのか
- なぜ営業組織ではデータ活用が進まないのか
- なぜ社員のキャリア形成は企業の人事制度に依存してしまうのか
こうした「なぜ?」は、研究テーマの候補になります。
この段階では、まだ学術的に正しい必要はありません。
むしろ大切なのは、
「自分自身が本当に疑問に思っていること」を出すこと
です。
3.「問題意識」と「研究課題」は違う
ここで一つ注意したいことがあります。
実務上の問題意識と、研究上の問いは同じではありません。
例えば、
「企業のリスキリングがうまくいっていない」
これは問題意識です。
しかし、研究課題としてはまだ曖昧です。
そこで、
「なぜ企業のリスキリングは事業変革につながらないのか?」
とします。
すると、少し研究らしくなります。
さらに、
「企業のリスキリング施策が事業変革につながるためには、どのような組織的条件が必要なのか?」
とすれば、研究によって明らかにしたい対象がかなり明確になります。
この違いは重要です。
つまり、
問題意識=自分が感じている問題
に対して、
Research Question=研究によって明らかにしたい問い
なのです。
4.研究テーマとResearch Questionは別物
MBAの研究計画を考えるとき、研究テーマとResearch Questionを混同しないことも重要です。
研究テーマ
日本企業におけるリスキリングと事業変革
これは研究する「領域」です。
一方、
Research Question
企業のリスキリング施策が事業変革につながるためには、どのような組織的条件が必要なのか?
こちらは研究によって答えたい「問い」です。
さらにRQを分解すると、
メインRQ
企業のリスキリング施策が事業変革につながるためには、どのような組織的条件が必要なのか?
サブRQ
- リスキリング施策は、どのように事業戦略と接続されているのか?
- リスキリングによって獲得された能力は、どのようなプロセスで事業変革に活用されるのか?
- そのプロセスを促進・阻害する組織的要因は何か?
という形になります。
ここまで来ると、単なる「リスキリングについての興味」から、一つの研究プロジェクトへと変わってきます。
5.次に「先行研究」を調べる
RQの候補ができたら、次に先行研究を調べます。
ここで大切なのは、
自分の考えを証明するために論文を探さないこと
です。
調べる目的は、
「自分が疑問に思っていることは、学術的にはすでにどこまで分かっているのか?」
を確認することです。
例えば、先ほどの「リスキリングと事業変革」であれば、
- Reskilling
- Upskilling
- Human Capital
- Organizational Learning
- Dynamic Capabilities
- Strategic Human Resource Management
- Business Model Innovation
- Digital Transformation
などの概念から文献を探していきます。
そして、
- 「この研究ではAが明らかにされている」
- 「別の研究ではBが明らかにされている」
- 「しかし、AとBの関係については十分に説明されていない」
という部分を探します。
6.研究テーマの核心は「研究ギャップ」にある
研究テーマを決めるうえで非常に重要なのが、
Research Gap(研究上の空白)
です。
例えば、
既存研究では、リスキリングが従業員の能力形成に与える影響について研究されている。
また、DXや事業変革を実現するためには組織能力が重要であることも研究されている。
しかし、企業が実施するリスキリング施策が、どのような組織的プロセスを通じて事業変革につながるのかについては、十分に明らかになっていない。
とします。
すると、
「では、そのプロセスは何なのか?」
という新しい問いが生まれます。
これが研究の核になります。
つまり、
RQは自分の頭の中だけから生み出すものではない。
先行研究を読み、
「ここまでは分かっている。しかし、ここはまだ分かっていない」
という場所を発見することで、RQはより強くなります。
7.「面白いテーマ」と「研究できるテーマ」は違う
MBA受験では、この区別も重要です。
例えば、
「日本人のキャリア観を変えたい」
という問題意識は非常に面白いかもしれません。
しかし、これをそのまま研究テーマにすると大きすぎます。
一方、
「日本企業の人事制度は、従業員の自律的なキャリア形成にどのような影響を与えるのか?」
なら、研究対象がかなり明確になります。
さらに、
「企業によるキャリア支援施策は、従業員のキャリア自律性をどのように促進または阻害するのか?」
とすれば、さらに研究として扱いやすくなります。
重要なのは、
社会を変えたいという問題意識を、そのまま研究目的にしないこと
です。
「社会を変える」は最終的な目的でも構いません。
しかし、MBAで行う研究では、
「まず何を明らかにするのか」
を明確にする必要があります。
8.研究テーマを評価する6つの基準
候補となるテーマができたら、私は次の6つの観点から評価することをおすすめします。
| 条件 | 確認すること |
|---|---|
| ① 問題意識 | なぜ自分はこの問題を研究したいのか。単なる流行ではなく、自分自身の経験や問題意識とつながっているか。 |
| ② 学術性 | 経営学の研究として成立するか。経営戦略、組織論、マーケティング、人事、イノベーションなど、どの研究領域に位置づけられるか。 |
| ③ 先行研究 | 関連する学術研究が十分に存在するか。 |
| ④ 研究ギャップ | 先行研究を踏まえたときに、「まだ十分に分かっていないこと」が存在するか。 |
| ⑤ 実行可能性 | MBA在学中に調査できるか。必要なデータを入手できるか。 |
| ⑥ 自分との接続 | これまでの仕事や経験と研究テーマがつながっているか。 |
特に重要なのが、③〜⑤です。
「面白い社会問題」=「研究できるテーマ」ではありません。
9.「自分との接続」は研究の説得力になる
例えば、同じ「DX」を研究する場合でも、研究者の実務経験によって研究する理由は変わります。
例えば、
- IT企業の経営者
- 人事担当者
- DXコンサルタント
- 営業担当者
では、それぞれ問題意識が違います。
その違いを明確にできれば、研究計画にも一貫性が生まれます。
例えば、
私は企業のDXプロジェクトに関わる中で、ITシステムの導入そのものよりも、組織内で新しい業務プロセスを定着させることの難しさを経験した。
という実務経験があれば、
「なぜDXは技術導入だけでは組織変革につながらないのか?」
という問いにつながります。
これは単に、
「DXに興味があります」
と言うより、はるかに説得力があります。
10.最後に「研究題目」をつける
ここまで来て、ようやくタイトルを作ります。
例えば、
日本企業におけるリスキリングの研究
では広すぎます。
そこから、
日本企業におけるリスキリングと事業変革の関係
さらに、
日本企業におけるリスキリング施策と事業変革の関係
―組織能力形成の観点から―
そして、
日本企業におけるリスキリング施策が事業変革に及ぼす影響メカニズム
―組織学習とダイナミック・ケイパビリティの観点から―
というように、徐々に精度を上げていきます。
重要なのは、
タイトルを先に作って、後から研究内容を合わせるのではない
ということです。
先にRQを固めて、そのRQを端的に表現する形でタイトルをつけます。
11.早稲田・一橋を目指すなら「大学に合わせすぎない」
早稲田や一橋など、志望校が決まっている場合、
「一橋ならこのテーマ」
「早稲田ならこのテーマ」
と最初から大学に合わせてテーマを作りたくなるかもしれません。
しかし、基本的には逆の順番がよいと思います。
まず、
自分は何を明らかにしたいのか?
を決める。
そのうえで、
この研究を進めるために、どの大学・研究科・教員の環境が適しているのか?
を考える。
という順番です。
研究テーマを大学に合わせすぎると、志望理由と研究テーマ、自分のキャリアとの間に不自然なズレが生じることがあります。
一方、
自分の問題意識 → 研究テーマ → RQ → 志望大学
という順番なら、
「なぜこの研究をしたいのか」
「なぜMBAなのか」
「なぜこの大学なのか」
が一本のストーリーになります。
12.最初の作業は「研究テーマ候補を10個出す」
では、具体的に何をすればいいのでしょうか。
最初から一つに決める必要はありません。
むしろ、
まず10個程度の「なぜ?」を出す
ことをおすすめします。
例えば、
- なぜ企業のリスキリングは事業変革につながらないのか?
- なぜDXプロジェクトはシステム導入後に停滞するのか?
- なぜ大企業では新規事業が生まれにくいのか?
- なぜ社員のキャリア形成は企業の人事制度に依存するのか?
- なぜ企業のキャリア支援が個人のキャリア自律につながらないのか?
- なぜデータ活用を導入しても営業組織の意思決定は変わらないのか?
この段階では、正解を探す必要はありません。
大切なのは、
「自分が何に対して『なぜ?』と思っているのか」
を可視化することです。
13.国内MBAの研究テーマづくりで一番避けたいこと
最後に、最も避けたいパターンを一つ挙げます。
それは、
「最近話題だから」という理由だけでテーマを選ぶこと
です。
例えば、
- 生成AI
- 人的資本経営
- DX
- ウェルビーイング
- リスキリング
などは、確かに重要なテーマです。
しかし、
「最近注目されているから研究したい」
だけでは弱い。
重要なのは、
「自分は実務の中で何を経験したのか」
↓
「そこから何を疑問に思ったのか」
↓
「その問題は学術的にはどう説明されているのか」
↓
「それでも説明できていない部分は何なのか」
↓
「だから、この問いを研究する」
という流れです。
まとめ:「テーマ」ではなく「問い」から始める
国内MBAの研究テーマを考えるとき、最初から立派なタイトルを作ろうとする必要はありません。
むしろ、次の順番で考えることが重要です。
- 自分の実務経験を振り返る
- 「これはなぜだろう?」という違和感を探す
- 問題意識を「なぜ?」の形にする
- 関連する先行研究を調べる
- 既に分かっていることと、分かっていないことを整理する
- Research Gapを見つける
- Research Questionを設定する
- RQを研究題目に落とし込む
この順番です。
そして、社会人MBA受験者にとって最も重要なのは、
「自分の仕事上の問題意識」と「経営学としての研究」を接続すること
だと思います。
「自分はこの問題を経験したから研究したい」だけでも、
「この理論が面白いから研究したい」だけでもありません。
その両方をつなげる。
つまり、
実務で感じた「なぜ?」を、経営学という学問を使って解明する。
これが、社会人がMBAで研究する意味の一つではないでしょうか。
研究テーマは、最初から完璧である必要はありません。
むしろ、出願段階では、
「この人は、本当に自分の問題意識を持っていて、それを研究可能な問いに変えようとしている」
ことが伝わることの方が重要です。
だからこそ、最初の一歩は「研究テーマを決めること」ではありません。
紙やメモ帳を開いて、
「仕事をしていて、なぜだろうと思ったことは何か?」
と自分に問いかけること。
そこから、MBAの研究は始まります。
