
はじめに
国内MBA受験を考える中で、「研究テーマを決めてください」「研究計画書を書いてください」と言われ、戸惑う方は少なくありません。国内MBAを目指す方を指導するにあたり、自社の業務課題が解決がテーマになってしまっていることもあります。
そもそも、経営学における「研究」とは何なのでしょうか。
ビジネスの世界では、日々さまざまな課題に直面します。 売上が伸びない、若手社員が辞める、DXが進まない、新規事業が生まれない、組織の風通しが悪い――こうした問題は、どの企業にも起こり得ます。
しかし、経営学の研究は、単にこうした問題を「どう解決するか」を考えることとは少し異なります。
本記事では、MBA受験を検討している方に向けて、経営学における研究とは何か、実務上の課題と研究上の問いはどう違うのか、そして研究テーマやリサーチクエスチョンをどのように考えていけばよいのかを分かりやすく解説します。
経営学における研究とは何か
経営学における研究を一言で表すなら、
企業や組織で起きている現象について、「なぜそうなるのか」「どのような条件でそうなるのか」を、理論とデータを使って説明すること
と言えます。
重要なのは、特定企業の問題を解決するだけではなく、そこから一段抽象度を上げて、他の企業や組織にも応用できる知見を生み出すことです。
つまり、
- この会社では何が問題なのか
- どうすればこの会社の業績が上がるのか
- どの施策を導入すればよいのか
という問いだけでは、研究というよりもコンサルティングや実務上の問題解決に近くなります。
経営学研究では、その背景にあるメカニズムを考えます。
- なぜこのような現象が起きるのか
- 何がその結果に影響しているのか
- どのような条件で結果が変わるのか
- 既存の経営理論では、この現象をどのように説明できるのか
こうした問いを立て、データを用いて検証していくことが研究です。
「DXが進まない」という問題を例に考えてみる
例えば、ある企業で「DXがなかなか進まない」という問題が起きているとします。
実務の世界であれば、
- 新しいITシステムを導入する
- 社員研修を実施する
- DX推進室を設置する
- 外部コンサルタントを活用する
といった解決策を考えるでしょう。
もちろん、これらは企業にとって非常に重要です。
しかし研究では、もう一歩踏み込みます。
例えば、
なぜ、同じようにDXへ投資している企業でも、DXが進む企業と進まない企業が存在するのか。
と問い直します。
さらに具体化すると、
経営層によるDXへの関与は、従業員のDX受容にどのような影響を与えるのか。
あるいは、
組織文化や心理的安全性は、デジタル技術の活用にどのような影響を与えるのか。
といった形で、研究可能な問いへ変えていきます。
ここまで来ると、単に「DXをどう進めるか」というノウハウの話ではなく、組織行動論、リーダーシップ論、組織文化論など、経営学の理論を使って考察できるテーマになります。

経営学研究の基本的な5つのステップ
経営学研究には、一般的に次のような流れがあります。
1.現象を発見する
研究のスタート地点は、多くの場合、実務の中で感じた違和感や疑問です。
- なぜ優秀な社員ほど会社を辞めてしまうのか
- なぜ新しい制度を導入しても組織が変わらないのか
- なぜ同じ商品を扱っている営業担当者でも成果に大きな差が出るのか
- なぜデータを持っているのに意思決定に活用できないのか
こうした「なぜだろう」という疑問が、研究の原点になります。
2.研究上の問いを設定する
次に、その問題意識を研究可能な問いへ変換します。
研究の世界では、この問いをResearch Question(リサーチクエスチョン、RQ)と呼びます。
例えば、
なぜ若手社員が辞めるのか。
という大きな問いを、
上司との関係性は、若手社員の組織コミットメントを通じて離職意向にどのような影響を与えるのか。
といった形に具体化します。
「何が」「何に」「どのような影響を与えるのか」と整理すると、研究上の問いが明確になりやすくなります。
3.先行研究や理論を確認する
研究は、自分の経験や感覚だけで結論を出すものではありません。
まず、これまでの研究者が何を明らかにしてきたのかを確認します。
これを先行研究レビューと呼びます。
先行研究を確認すると、
- すでに分かっていること
- まだ十分に分かっていないこと
- 研究者によって意見が分かれていること
- 特定の業界や国では研究されていないこと
が見えてきます。
この「まだ分かっていない部分」が、研究を行う価値につながります。
4.データを使って検証する
次に、自分の研究上の問いに答えるためのデータを集めます。
経営学では、例えば次のような方法が使われます。
- アンケート調査
- インタビュー調査
- 企業へのケーススタディ
- 財務データや人事データの分析
- 公開資料や統計データの分析
- 複数企業の比較研究
研究テーマによって、定量研究が適している場合もあれば、定性研究が適している場合もあります。
5.新しい知見を提示する
最後に、分析結果をもとに、既存の研究にどのような新しい知見を加えられるのかを考えます。
例えば、
- 従来の理論は大企業には当てはまるが、中小企業では異なる結果になった
- これまで重視されていなかった要因が重要であることが分かった
- ある条件下では、これまでの研究とは逆の結果になることが示された
- 複数の要因の間に新たな関係性が確認された
といった形です。
ここに研究としての価値が生まれます。
「実務上の課題」と「研究上の問い」は何が違うのか
MBA受験で研究テーマを考える際、最も重要なポイントの一つが、
実務上の課題と研究上の問いは違う
ということです。
例えば、
営業成績を向上させるにはどうすればよいか。
これは非常に重要な問題ですが、そのままでは実務上の課題に近い問いです。
これを研究として考えるのであれば、
営業マネジャーのコーチング行動は、営業担当者の自己効力感を介して営業成果にどのような影響を与えるのか。
といった形に変えていきます。
同じように、
若手社員の離職を減らしたい。
という問題意識があった場合、
上司との関係性は、若手社員の組織コミットメントを介して離職意向にどのような影響を与えるのか。
とすれば、研究として扱いやすくなります。
「問題解決」から「メカニズムの解明」へ
実務と研究の違いを理解するためには、
問題解決からメカニズムの解明へ
という考え方が役立ちます。
実務では、
どうすれば成果を出せるのか。
を考えます。
一方で研究では、
なぜ成果が出るのか。
を考えます。
例えば、新しい人事制度を導入した企業で社員のモチベーションが向上したとしても、
「この制度を導入すればよい」
と結論づけるだけでは研究とは言いにくいでしょう。
研究では、
- なぜその制度によってモチベーションが上がったのか
- 社員の公平感が関係しているのか
- 上司からの支援が影響しているのか
- どのような社員に対して効果が高いのか
とメカニズムを分解していきます。
MBAの研究テーマでは「自社の問題」で終わらせない
MBA受験者の研究テーマでよく見られるのが、
自社の〇〇を改善する方法を研究したい。
というテーマです。
実務上の問題意識としては悪くありません。
むしろ、MBAにおける研究テーマは、自分自身の実務経験から生まれた問題意識を起点とすることが自然です。
ただし、そのままでは単なる社内改善プロジェクトになってしまう可能性があります。
そこで必要なのが、
自社の問題から、他の企業にも当てはまる問いへと抽象化すること
です。
研究テーマとリサーチクエスチョンの具体例
例えば、実務上の問題意識として、
自社ではデータを蓄積しているものの、意思決定に十分活用されていない。
という課題があったとします。
このまま、
自社のデータ活用を進める方法について研究する。
とすると、改善活動に近いテーマになります。
そこで、一段抽象化して、
研究テーマ
データドリブン経営の定着を促進する組織要因について
Research Question
経営層によるデータ活用への関与は、組織におけるデータドリブンな意思決定の定着にどのような影響を与えるのか。
とすれば、経営学研究としての形が見えてきます。
自社で経験している問題を出発点にしながらも、研究結果は他社にも応用できる可能性があります。
経営学研究を考えるときの基本公式
MBA受験で研究テーマを考える場合、次の流れを意識すると整理しやすくなります。
現場の悩み → なぜ? → 一般化できる問い → 理論 → データによる検証
例えば、
「優秀な若手社員が辞めてしまう」
という現場の悩みがあれば、
「なぜ優秀な若手社員ほど辞めるのか」
と問い直します。
さらに、
「上司との関係性やキャリア自律性が離職意向に影響しているのではないか」
と仮説を考えます。
そして、組織コミットメント、キャリア自律、リーダーシップなどの理論を確認し、アンケートやインタビューによって検証します。
これが経営学研究の基本的な考え方です。
良い研究テーマには「なぜ?」がある
研究テーマを考える際には、「どうすれば?」だけではなく、「なぜ?」を意識してみてください。
例えば、
- どうすればDXを成功させられるか
- どうすれば離職を減らせるか
- どうすれば営業成果を高められるか
- どうすれば新規事業を生み出せるか
という問いから一歩進めて、
- なぜDXが進む企業と進まない企業が存在するのか
- なぜ同じ職場でも離職する人と残る人がいるのか
- なぜ同じ営業環境でも成果に差が生まれるのか
- なぜ新規事業を継続的に生み出せる企業とそうでない企業が存在するのか
と問い直してみることです。
この「なぜ?」の先に、研究テーマが見えてきます。
MBA受験で重要なのは「問題意識を研究へ昇華する力」
MBAの研究計画書において重要なのは、難しい経営理論をたくさん知っていることだけではありません。
むしろ重要なのは、
自分の実務経験から生まれた問題意識を、経営学として研究可能な問いへ昇華できているか
という点です。
実務経験が豊富な社会人ほど、現場の問題を多く知っています。
だからこそ、その経験を単なる成功談や失敗談で終わらせず、
「なぜこの現象が起きるのだろう」
「他の企業でも同じことが起きているのではないか」
「経営学ではどのように説明されているのだろう」
と問い直すことが重要です。
まとめ
経営学における研究とは、単に企業の問題を解決することではありません。
企業や組織で起きている現象について、
- なぜ起きるのか
- 何が影響しているのか
- どのような条件で変化するのか
を問い、先行研究や経営理論を踏まえながら、データによって検証し、新しい知見を生み出すことです。
MBA受験で研究テーマを考える場合には、
現場の悩み → なぜ? → 一般化できる問い → 理論 → 検証
という流れを意識するとよいでしょう。
そして特に覚えておきたいのは、
「良い問題意識」と「良い研究テーマ」と「良いリサーチクエスチョン」は、それぞれ別物である
ということです。
最初から完璧な研究テーマを考える必要はありません。 まずは自分の仕事の中で感じてきた違和感や疑問を書き出し、「なぜそうなるのだろう?」と問い直すところから始めてみてください。
その問いを少しずつ一般化していくことで、MBAで研究する価値のあるテーマへと発展させることができます。
